大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和49年(オ)400号 判決

上告人

吉村吉重

右禁治産者につき

法定代理人後見人

吉村燈雄

外四名

右五名訴訟代理人

宮本誉志男

被上告人

細川朋幸

右訴訟代理人

河原太郎

河原昭文

主文

原判決を破棄し、本件を広島高等裁判所岡山支部に差し戻す。

理由

上告代理人宮本誉志男の上告理由について。

本件記録によれば、本訴において上告人らは、(一)本件債務名義は、債権者訴外株式会社兵庫相互銀行(以下「訴外銀行」という。)と債務者訴外吉村矯一との間の、訴外銀行が訴外有限会社教育出版螢雪社(以下「訴外会社」という。)に対して二五〇万円を貸与し、吉村矯一において訴外会社の右消費貸借債務を連帯保証し、かつ、不履行のときは直ちに強制執行を受けても異議のない旨を記載した公正証書であり、吉村矯一の死亡後、訴外銀行は、右公正証書につき承継執行文を得たうえ、共同相続人である上告人ら五名及び訴外吉村正を債務者として、岡山地方裁判所に対しその共有にかかる第一審判決添付物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき不動産強制競売の申立をしたところ、競売開始決定があり、上告人らによる執行文付与に対する異議の申立又は請求異議の訴の提起のないまま、被上告人を競落人とする競落許可決定が確定し、本件建物につき右競落を原因とする被上告人のための所有権移転登記が経由された、(二)しかし、吉村矯一は、訴外会社の本件消費貸借債務につき連帯保証したことはなく、本件公正証書は、訴外会社の代表取締役である吉村正が父の吉村矯一の印鑑を盗用したうえ作成した偽造の委任状により、吉村矯一を代理する権限のない者が同人の代理人として公証人にその作成を嘱託し、かつ、執行受諾の意思表示をして作成されたものであつて、その債務名義としての効力は吉村矯一の相続人である上告人らに及ばないから、右公正証書に基づいてなされた本件強制競売手続は無効であり、被上告人は、競落により本件建物の所有権を取得しえない、と主張して、本件建物の共有持分に基づき、各持分につき競落を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を求めていることが、明らかである。

債務者を代理する権限のない者がその代理人として公証人に公正証書の作成を嘱託し、かつ、執行受諾の意思表示をした場合には、公正証書は債務者に対する関係で債務名義としての効力がなく、このような公正証書に基づき債務者所有の不動産についてされた強制競売手続は債務者に対する関係においては債務名義なくしてされたものというべきであるから無効であり、右不動産の競落人は債務者に対して競落によるその所有権の取得を主張しえないと解するのが、相当である(最高裁昭和三九年(オ)第一三七一号同四三年二月二七日第三小法廷判決・民集二二巻二号三一六頁、同四六年(オ)第二九五号同四八年四月三日同小法廷判決・裁判集民事一〇九号一頁参照)。そして、この理は、債権者が右公正証書につき債務者の相続人に対する承継執行文を得てその所有不動産に対し強制競売手続に及んだ場合についても、同様であり、競落人は相続人に対し競落による右不動産の所有権の取得を主張しえないものといわなければならない。

これを本件についてみると、上告人らの主張するとおり本件公正証書が吉村矯一を代理する権限のない第三者により吉村矯一の意思に基づかないで作成嘱託されたものであれば、本件強制競売手続は吉村矯一の相続人である上告人らに対する関係において効力を生ずることなく、被上告人は、上告人らに対し、その各共有持分につき競落による本件建物所有権の取得を主張しえないものといわなければならない。ところが、原審は、本件公正証書の作成嘱託が吉村矯一を代理する権限のない第三者により吉村矯一の意思に基づかないでされたものであるとしても、上告人らにより執行文付与に対する異議の申立又は請求異議の訴の提起がされないまま、本件建物の競落許可決定が確定した以上、上告人らはもはや被上告人が本件建物の所有権を競落により取得したことを否定しえないとして、本件公正証書が上告人ら主張のとおり吉村矯一を代理する権限のない第三者により吉村矯一の意思に基づかないで作成嘱託されたものであるか否かを確定することなく、上告人らの本件請求を棄却すべきものとしているのであつて、原判決には、この点において法令の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽に陥つた違法があるといわなければならず、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは、明らかである。それゆえ、原判決は破棄を免れず、更に右の点について審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(江里口清雄 関根小郷 天野武一 坂本吉勝 高辻正己)

上告代理人宮本誉志男の上告理由

原判決は判決に示すべき理由を付していない違法がある。

原判決の理由によると、上告人らが本件公正証書に表示された請求権たる連帯保証債務が存在しないこと、上告人らが公正証書作成を公証人に委嘱したものではないことを理由として公正証書が債務名義としての効力がないというのであるが、このような瑕疵があるとすれば、上告人らは公正証書に対する執行文付与に付異議を申立て、あるいは請求異議訴訟を提起して違法な排除を求めるべきであり、またその裁判あるまでの間の仮の処分として強制執行の停止、執行処分の取消を求めることもできる。

しかし、上告人らがかような措置にでないで右公正証書による不動産の強制執行手続が進行し、競落許可決定が確定した場合には、右瑕疵を理由として競落人の右不動産取得を否定することはできないとして、形式上の債務名義によつて競落許可決定が確定した以上は、競落不動産の取得を否定することは許されないというにあるようである。然しながらかくの如き理由にては、上告人らが原審において競落許可決定の効力を争うた理由に対しては少しも判断を加えたものとはいえない。

即ち上告人らは原審において本件競落許可決定の原因となつた債務名義は偽造された公正証書に基くもので、実体上の権利がなくその債務名義も無効であり、上告人ら(若しくは上告人らの先代)は債務を負担していないのであるから、たとえ競落許可決定が確定したと雖も競売手続も無効であり、競落も無効である。従つて被上告人は本件不動産の所有権を取得するものではないと主張し、抗争したものである。

従つて原審は競落許可決定そのものの効力に関して法律上の判断を加うべきであり、この判断を加うることなくただ競落許可決定が確定したからというのみでは判決に示すべき理由を加えたこととはならないことは明かであろう。

一、原審の誤りは競落許可決定の効力に関する誤解から発しておる。

原審の如く競落許可決定が確定した以上、競落許可決定の結果の不動産取得を否定し得ないとの見解に従えば、該決定にも確定判決と同様の既判力があるものとの錯覚に陥入つたものではあるまいか。競落許可決定と雖も決定は決定である、競落許可決定はたとえ確定したとはいえ、競売手続が一応終結したことを証するにすぎず、確定判決とは異り、無効の手続を有効とする如き効果のあるものではない。

従つて実質上無効な手続は、一度決定が確定した以上は当然には無効扱いは許されないにしても、判決によつて無効確認を求めることは許さるべきである。

競落許可決定が確定した以上その効果を争えないとする原審の見解は、決定にも確定判決と同様の既判力を認めんとするもので、この点原審は重大な誤りである。

二、原判決理由は民法第一七六条に反する、この点に関する上告人らの主張に対して判断を加えていないか乃至は民法の右の規定と齬齟する。

民法第一七六条によると、物権の設定及び移転は当事者の意思表示のみに因つてその効力を生ずるとある。然し本件においては上告人らは公正証書を偽造されて保証人とされたもので実体上債務は負担していない。従つて債務名義は無効であると主張しておるのである。すると本件不動産所有権の移転に関しては上告人ら(若しくは先代)の直接、間接何らの意思表示をもしたものではないことも明かである。

然るに原判決の理由によると、所有者たる上告人ら(若しくは先代)の直接間接の意思表示に基かずして不動産物権が移転するという不合理な結果が生ずることとなる。

若し原判決理由の如く競落許可決定が確定したからその効果は争えないと云うこととなれば、前段所論の如く決定に判決と同様の既判力を認めるという不合理な結果を来すのみでなく、民法の認めない不動産物権の移転の法律の規定以外の原因を創設するという不合理な結果をも生ずる。

原判決は叙上の如き上告人らの主張に対して何らの理由をも示していない。

三、請求異議その他法律上の手続に従つて無効な債務名義を競落許可決定確定以前に争わなかつたということに対する理由不備乃至理由齬齟

なるほど上告人らは原判決の掲げる訴訟手続によつて債務名義の効力を争わなかつたことは事実であるが、元々無効なる債務名義(実体上の権利のない債務名義)であつても、競落許可決定の確定という事実によつて有効とならないまでも、争い得ないとする法律上の理由は明らかにされていない。

前段にても説明した如く競落許可決定に判決の如く既判力が認められない以上無効なる債務名義に基く競売手続自体も無効である筈である。(無効なるものは有効に転換しない)

従つてたとえ原判決に指摘する時までに請求異議その他の手続によつて債務名義の効力を争わなかつたとすれば、それが確定不動となつてもはや争えなくなるとする法律上の理由を示すのでなければ判決に理由を付したこととはならない。

然るに原判決はこの点についても何らの理由をも示していない。

四、抵当権の無効の場合と公正証書による債務名義の場合――理由不備。

無効の抵当権に基く競売手続は如何に競落許可が確定した後においても該決定に基く所有権取得の効果を争うことができることについては幾多の裁判例がある。(原審における準備書面記載の通り)

無効の抵当権と雖も単に抵当権が無効である場合もあれば、実体上の権利がなくて抵当権が無効なる場合も同様にこのような抵当権に基いた競落許可決定が如何に確定したといえども等しくその結果を争い得るとすれば、無効の公正証書の債務名義による競落許可決定の場合のみその効果を争い得ないとする法律上の理由も示されていない。

競売法による競売の場合も強制競売による競売の場合も、競落許可決定の効力に変りない筈であるから、前者の場合には競落許可決定の効果を争い得るとすれば、後者の場合においても同様これを争い得なければならない。

原判決が公正証書の場合のみに競落許可決定が確定した以上最早や争い得ないとする原判決は理由不備というべきか、判決に付すべき理由を付さない違法がある。

仍て原判決は破毀を免れない。

参考判例

一、競売手続を実行した権利にして本来無効である以上、競売手続完結後もなおその権利の無効を主張して競売の効力を争うことができる。

大審院大正七年(オ)第七八七号同八年二月六日、新判例体系民事法編民事訴訟法(8)一六三六頁

二、競売手続は権利実行方法に外ならされば競売が競売法上適法に完結したるも唯権利実行の方法が手続上有効に行なわれたるに止り、其結果たる所有権移転の実体上の効力は之れにより確定するものに非ず。

所有権移転の実体上有効なるや否やは競売により実行されたる権利の実体上有効なりや否やに依り定るべきものなれば、実行されたる権利にして無効なるにおいては競落に因る所有権移転の効力は競売手続完結後と雖も尚之を争う余地あるものとす。

従つて競売手続の開始を知りながらその手続継続中に異議、抗告又は訴の方法に依り、抵当権の無効を主張したと否とは問うところにあらず。

大審院明治四〇年(オ)第一九九号同年丸月二六日判決、前同一六三三頁

三、実体上無効の抵当権による競売においては、競落人は目的不動産の所有権を取得しない。

右の場合目的不動産の所有権が競落手続において異議または抗告の方法により競売の基本たる権利が所有者に対抗し得ないことを主張すると、別に訴によりこれを主張するとはその自由による。

大審院大正一〇年(オ)第七六五号同一一年九月二三日連合民事部判決、前同一六三七頁

四、抵当権設定行為が無効たる以上、競売は実体上の効力を生じ得べき理なければ所有権移転の効果発生するに由なし。

大審院昭和五年(オ)第二八六五号同六年五月二日判決、前同一六三八頁

以上の判決は抵当権実行による競売に関するものではあるが、本件の如く強制競売に当り実体上の権利のない場合にも妥当する。

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